2026年09月22日 00:00
このブログでは、会社を並べた表に「創業」という列を作ってきました。
その列に入れる数字で、何度も迷いました。Wikipediaの企業情報には「設立」と「創業」が別々に書かれていることがあり、両方ある会社ではどちらを入れるかで年が何十年も変わります。食品スーパーの記事では、列の見出しを「創業」から「設立」に変えました。同じ列に、創業年と設立年という2つの意味の数字が混ざっていたからです。逆に学生服の記事では、3社の出発点そのものが主題だったので「創業」のままにしました。
29本ぶんの表を見返して、その数字を並べ直してみました。
| 会社 | 所在地 | 売上高(億円) | 売上の出典 | 創業 | 型 | 創業と設立の関係 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 愛知トヨタ自動車 | 愛知県名古屋市 | 1,446.4 | 2022年3月期 | 1942 | 起点を選んでいる | 配給会社を「発足」としている |
| さとう | 京都府福知山市 | 1,124 | 2026年2月期(連結) | 1666 | 法人化があとから来た | 設立1950年。差284年 |
| ツルヤ | 長野県小諸市 | 1,067 | 2021年6月末時点 | 1892 | 法人化があとから来た | 設立1950年。差58年 |
| 丸久 | 山口県防府市 | 957.3 | 2021年2月期(単独) | 1954 | 分社・会社分割で法人が新しい | 現法人は2015年の会社分割。差61年 |
| 大阪トヨタ自動車 | 大阪府大阪市 | 859.8 | 2020年3月期 | 1927 | 法人化があとから来た | トヨタ自動車工業の設立より10年早い |
| 菅公学生服 | 岡山県岡山市 | 414.2 | 2023年度(連結) | 1854 | 法人化があとから来た | 綿糸の卸。設立1929年。差75年 |
| トンボ | 岡山県岡山市 | 384.5 | 2020年6月期(連結) | 1876 | 法人化があとから来た | 足袋。設立1924年。差48年 |
| 明石スクールユニフォームカンパニー | 岡山県倉敷市 | 315.2 | 2024年12月 | 1865 | 分社・会社分割で法人が新しい | 真田紐。法人は2014年設立。差149年 |
| 高山石油 | 山口県下松市 | 160 | 年次不明(グループ) | 1897 | 法人化があとから来た | 呉服・雑貨商。設立1948年。差51年 |
| 富士屋ホテル | 神奈川県箱根町 | 113.2 | 2026年3月期 | 1878 | 法人化があとから来た | 日本初の本格的リゾートホテル |
| 石丸製麺 | 香川県高松市 | 27.5 | 2023年9月期 | 1904 | 法人化があとから来た | 設立1969年。差65年 |
一番離れていたのは、学生服の明石スクールユニフォームカンパニーでした。
創業は1865年(慶応元年)。明石役造が真田紐類の製造業「西屋」を始めた年です。一方、法人としての設立は2014年12月。同社は2015年に、企画・営業部門(明石スクールユニフォームカンパニー)と製造・物流部門(明石被服興業)に分社化されており、企業リストに載っているのは前者だからです。
149年の差があります。
数字の大きさでいえば、食品スーパーのさとう(京都府福知山市)が上です。創業1666年(寛文6年)、設立1950年で、差は284年。ただしこちらは佐藤家の呉服商から金融・不動産を経て小売に専念するために会社を作った、という素直な流れで、間に法人が挟まっていません。
明石の149年は、種類が違います。会社を作り直した結果として、法人の年齢が若返っています。同じことがガソリンスタンドの記事にも、食品スーパーの記事にもありました。山口県の丸久は、1954年に9つの食品・雑貨問屋が合同して創業した会社ですが、現在の法人は2015年の会社分割でできたものです。差は61年。
もう一つ気づいたのは、創業年に置かれている商売が、いまの商売と違うことです。
| 会社 | 創業年 | 創業時の商売 | いまの商売 |
|---|---|---|---|
| 菅公学生服 | 1854年 | 綿糸の卸 | 学生服 |
| 明石スクールユニフォームカンパニー | 1865年 | 真田紐 | 学生服 |
| トンボ | 1876年 | 足袋 | 学生服 |
| 高山石油 | 1897年 | 呉服・雑貨商 | 石油販売 |
| ツルヤ | 1892年 | 海産肥料商 | 食品スーパー |
| 石丸製麺 | 1904年 | 乾麺(製粉も兼業) | 讃岐うどんの乾麺 |
| 太陽石油販売 | 1970年 | 魚市場 | 石油販売 |
学生服の3社は、児島で1921年に学生服の生産が始まったのに合わせて、1923年・1930年・1932年に移っています。それでも創業年として掲げているのは、綿糸であり、真田紐であり、足袋のほうです。
いまやっていない商売の年を、自分の始まりとしています。
はっきり選んでいると分かる例がありました。自動車販売会社の愛知トヨタ自動車です。
同社には、始まりの候補が3つあります。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1935年11月 | 前身の日の出モータースがGM系車種の販売権を返上し、トヨタ店の第1号になる |
| 1942年11月 | 「自動車販売は1県1社を原則とする」戦時統制で、日産の名古屋支店などと合併し愛知縣自動車配給を設立 |
| 1946年9月 | 戦後、トヨタ自動車工業と契約して営業を再開し「愛知トヨタ販売」に |
同社が「現在の会社の発足」としているのは、真ん中の1942年です。トヨタ店の第1号になった1935年でも、トヨタのディーラーとして再開した1946年でもなく、メーカーをまたいだ配給会社のほうを選んでいます。
トヨタの販売店としての出発点ではなく、いまの法人がつながる線をたどると、そこに行き着くということなのだと思います。
29本書くあいだ、表に入れる年で毎回迷いました。創業か、設立か。どちらを入れても、片方は落ちます。
見直して分かったのは、この2つが別のものを測っているということでした。
設立年は、いまの法人がいつ登記されたかです。機械的に決まります。分社化すれば若返り、統合すれば書き換わります。トヨタ自動車東日本の1946年が神奈川の関東自動車工業の設立年であるように、いまの本社と関係のない場所と年が入ることもあります。
創業年は、会社が自分で選んだ起点です。菅公学生服は綿糸の卸を、トンボは足袋を、明石は真田紐を、高山石油は呉服屋を選びました。いまの商売とつながらない年を選んでいるということは、その会社が自分を「学生服の会社」や「石油の会社」としてではなく、その土地でその家が始めた商いの続きとして数えている、ということなのだと思います。
企業リストの1行には、売上高と従業員数と住所が入ります。年は入っていません。年を入れようとしたときに初めて、「その会社」がどこからどこまでを指すのかを、こちらが決めなければならなくなりました。
30本の最後で引っかかったのが、いちばん最初の列だったのは、少し可笑しい気もします。
各社の創業年・設立年・創業時の商売は、いずれもWikipedia日本語版の各社の記事に拠ります。一次資料(有価証券報告書・決算公告・各社サイト・社史)では取り直していません。売上高と決算期は、それぞれの記事で使ったものと同じです。
創業年と設立年の「差」は、単純な引き算です。 会社としての連続性を測ったものではありません。明石スクールユニフォームカンパニーの149年は、2015年の分社化で企画・営業部門が新法人になったことによるもので、事業が149年途切れていたという意味ではありません。同様に、丸久の61年も2015年の会社分割によるものです。
愛知トヨタ自動車の「現在の会社の発足」という表現は、Wikipedia日本語版「愛知トヨタ自動車」の記載に拠ります。同社自身がどう説明しているかは確認していません。同記事のinfoboxには2006年12月13日という別の設立日も記載されており、法人としての設立はそちらと思われます。
「創業年は会社が自分で選んだ起点である」というのは、私の読み方です。 商業登記や会計の制度上、創業年に定義があるかどうかは調べていません。ここで確かめられたのは、同じ会社について創業年と設立年が別々に記載されており、その差が数十年から百年を超えることがあるというところまでです。
この記事の11社は、これまでの29本で扱った会社から選びました。 創業年と設立年がどちらも記載されており、かつ離れているものです。離れていない会社や、創業年の記載がない会社は入っていません。そのため、この表から「非上場の地方企業は創業年と設立年が離れている」とは言えません。
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