2026年09月27日 00:01
企業リストの「非上場・本社が東京以外」で医薬品を引くと51社。そのうち7社が富山県でした。県ごとの社数で正規化すると、富山の医薬品は全国平均の8.3倍の密度です。
7社のうちの1社が池田模範堂。かゆみ止めのムヒの会社です。
創業は1909年(明治42年)。創業者の池田嘉市郎は、越中の売薬商人でした。
富山で薬種商が始まったのは16世紀の中頃とされます。1639年に富山藩が加賀藩から分藩し、17世紀の終わりに第2代藩主・前田正甫が反魂丹の研究をしました。
有名な「江戸城で腹痛を起こした大名に反魂丹を渡したところ、たちまち快復した」という話は、史料的な裏付けがない巷談とされています。
確かなのは商いの仕組みのほうです。先用後利。「用いることを先にし、利益は後から」という意味で、薬を家に置いていき、次に訪れたときに使った分だけ代金を受け取ります。元禄期から現在まで続いている売り方です。
廣貫堂は、この売薬業者たちが相寄って1876年(明治9年)に設立した会社です。株式会社になったのは1914年9月22日。いまも本業は配置販売業なので、病院や薬局でこの会社の商品を見かけることはあまりありません。買う場所が違うからです。
ただし、配置薬そのものは縮んでいます。
| 年 | 配置薬従事者 |
|---|---|
| 1961年 | 11,685人 |
| 2019年 | 597人 |
昭和20年代後半から30年代が最盛期で、「6割の家庭が利用」した時期がありました。そこから95%減っています。
売薬法の施行が1914年、薬事法が1943年、1960年の薬事法改正で配置販売業が法文化されました。制度としては残っていますが、置き薬を使う家庭のほうがいなくなりました。
では7社は何で成り立っているのか。売上高の順に見ると、答えが出ていました。
1位の陽進堂ホールディングス(509億円)はジェネリック医薬品です。1962年設立、富山市婦中町。医療用医薬品を200品目以上手がけています。2016年に統括会社として持株会社を作りました。置き薬ではなく、病院と薬局に売る会社です。
2位の池田模範堂(173億円)はムヒ。1926年から作っている外用剤で、商品名は「他に比べる物がない=無比」の意味です。創業者は売薬商人でしたが、いま売れているのは店頭で買う薬です。社名は「社会の模範になろう」から取られています。
3位のテイカ製薬(101億円)は点眼剤。1945年6月1日設立で、社名は創業時の「帝国化成」の略称「帝化」に由来します。他社製品のOEM製造も受けています。
そして、7社の中でいちばん古い廣貫堂には、企業リストに売上高が入っていません。150年前に売薬業者が集まって作った会社が、数字の欄だけ空いています。
富山に医薬品会社が7社ある理由は、江戸時代から続く配置薬の産地だったからです。ここは間違いありません。
ただし、いま売れているものは置き薬ではありませんでした。ジェネリック、ムヒ、目薬、貼付剤。売り方(先用後利)は消えかけていて、薬を作る土地のほうが残っています。
学生服の3社が岡山にあったときは、真田紐と足袋と綿糸から学生服へ、さらにジーンズへと、同じ土地が作るものを替え続けていました。富山も同じ形です。替わったのは商品と売り方で、残ったのは工場と処方の蓄積でした。
| 会社 | 所在地 | 売上高(億円) | 売上の出典 | 従業員 | 1人当たり(万円) | 創業・設立 | 区分 | 主力 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 陽進堂ホールディングス | 富山市婦中町 | 509 | 2025年3月期 | 300 | 16,967 | 1962 | ジェネリック | ジェネリック200品目以上 |
| 池田模範堂 | 中新川郡上市町 | 173 | 2019年11月期 | 327 | 5,291 | 1909 | 一般用・外用 | ムヒ。売薬商人・池田嘉市郎が創業 |
| テイカ製薬 | 富山市荒川 | 101 | 2015年3月期 | 416 | 2,428 | 1945 | 一般用・外用 | テイカ目薬。OEMも受ける |
| 大協薬品工業 | 富山市水橋畠等 | 58 | 企業リスト(2017年) | 250 | 2,320 | 1964 | 一般用・外用 | 貼付剤・救急絆創膏 |
| 廣貫堂 | 富山市梅沢町 | 0 | 企業リストに記載なし | — | — | 1876 | 配置薬 | 売薬業者が相寄って設立。配置販売業 |
51社と7社は、公的オープンデータから作った企業リストの「非上場・本社が東京以外」で医薬品を絞ったものです。8.3倍という偏りは、富山県内の全社数(80社)に占める医薬品の比率を、全国の比率で割った値です。私の計算で、統計的な検定はしていません。
富山の売薬に関する記述(16世紀中頃の薬種商、1639年の分藩、前田正甫の反魂丹、先用後利、売薬法1914年・薬事法1943年・1960年の法文化、配置薬従事者1961年11,685人→2019年597人、最盛期に6割の家庭が利用)は、いずれもWikipedia日本語版「富山の売薬」の記載です。一次資料や県の統計では取り直していません。「江戸城腹痛事件」は同記事が史料的裏付けのない巷談としているため、本文でもそう書いています。
各社の数字と沿革の出所は次のとおりです。廣貫堂・池田模範堂・陽進堂ホールディングス・テイカ製薬はWikipedia日本語版、大協薬品工業は同社サイトおよび富山県の就職情報サイトの会社概要です。有価証券報告書では取り直していません。
決算期がそろっていません。陽進堂ホールディングスの508億5,300万円は2025年3月期、池田模範堂の172億8,000万円は2019年11月期、テイカ製薬の100億5,400万円は2015年3月期で11年前、大協薬品工業の58億円は企業リストの2017年の値です。
表の従業員数のうち、陽進堂ホールディングスの300人と大協薬品工業の250人は概数です。前者はWikipediaに記載がなく企業リストの値も0だったため、表の都合で置いた仮の数字で、実際の人数ではありません。後者は同社サイトの「連結120名」と企業リストの250人が食い違っており、リストの値を採っています。廣貫堂の売上高0億円・従業員0人も、リストに値が無いという意味です。
廣貫堂は2021年から2022年にかけて、製造上の不正により製品の多くが影響を受けています。この記事では沿革と業態のみを扱い、その経緯は追っていません。
「非上場」の内訳も一様ではありません。廣貫堂は2005年までグリーンシート銘柄で、その後は株主コミュニティに移行しています。取引の場がないという意味の非上場ではありません。
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