沖縄の有名リゾートホテルは、米軍基地を建てた國場組のものだった

  2026年08月30日 15:00

企業リストを都道府県ごとに眺めていたとき、沖縄のところで手が止まりました。

社名の様子が、他の県と違うのです。

沖縄電力。琉球銀行。沖縄ガス。沖縄ファミリーマート。沖縄三越。沖縄トヨペット。琉球日産自動車。沖縄山形屋。沖縄コカ・コーラボトリング。

「沖縄」か「琉球」で始まる社名が、明らかに多い。

気のせいかもしれないので、数えてみました。

気のせいではなかった

社名の先頭が県名や旧国名で始まる会社が、その県の会社全体の何割を占めるか。同じやり方で13の道府県を数えました。

道府県割合
沖縄県(沖縄・琉球)35.5%
青森県(青森・津軽・八戸)16.4%
鹿児島県(鹿児島・薩摩)14.8%
宮城県(宮城・仙台)12.6%
北海道(北海道・北海ほか)10.0%
愛知県(愛知・名古屋・尾張・三河)5.3%
愛媛県(愛媛・伊予)3.7%
大阪府(大阪・浪速・なにわ)3.1%

沖縄が3社に1社。2位の青森県の2倍以上あります。

そして数え終えてから該当社の一覧を見直して、もう一つ気づきました。

ファミリーマート。三越。山形屋。コカ・コーラ。トヨペット。日産。スバル。ふそう。本土の企業名ばかりです。 しかもそれが支店ではなく、「沖縄◯◯」という別の会社として存在している。

他の県にはこれがありません。企業リストの中に「大阪ファミリーマート」も「愛知三越」も見当たらない。コンビニも百貨店もディーラーも、全国チェーンの支店か子会社です。

なぜ沖縄だけ、別会社なのか。 ここから調べ始めました。

本土へ行くのに、証明書が要った

沖縄が本土に復帰したのは1972年5月15日。それまでの27年間は米国の施政下にありました。

「本土復帰」という言葉は知っていましたが、それが具体的にどういう状態なのかは、正直よく分かっていませんでした。調べると、想像していたより「外」でした。

米国統治下の沖縄

  • 通貨が違う。1948年から1958年までB円、1958年から1972年まで米ドルが使われた
  • 統治機構が違う。1950年12月に琉球列島米国民政府(USCAR)が設けられ、1952年4月に琉球政府が創設された
  • 本土へ行くのに証明書が要る。琉球住民が日本本土へ渡航するには申請書を出し、小豆色の表紙の「日本渡航証明書」を取得する必要があった。申請先はUSCARだった

本土へ渡るのにパスポートに相当する書類が必要だった。

ここまで来て、社名の話が腑に落ちました。支店を置ける場所ではなかったのです。本土の企業が沖縄で商売をするには、現地に別の法人を作るしかない。復帰から50年以上経ったいまも、そのときの法人がそのまま残って、看板だけが本土と同じになっています。

社名は、制度の化石です。

沖縄に行くと、本土と同じ看板をいくつも見かけます。あれを「本土のチェーンが進出している」と読むか、「復帰前に作られた別会社がいまも続いている」と読むかで、街の見え方が変わります。

では、地元の会社は誰を相手にしていたのか

制度の理由は分かりました。次に気になったのは、その27年のあいだ、沖縄の会社は何で食べていたのかということです。

企業リストの沖縄の会社を設立年で並べると、妙な偏りがありました。

戦前の創業米国統治期の創業本土復帰後の創業
1925195019752000國場組/1931年/建築・土木國場組金秀ホールディングス/1947年/建設・小売・鋼材(持株会社)金秀ホールディングスオキコ/1947年/パン・めんオキコりゅうせき/1950年/石油の卸・直売りゅうせき琉球海運/1950年/RO-RO船の定期航路琉球海運有村産業/1950年/近海旅客・貨物(消滅)有村産業ザ・テラスホテルズ/1985年/リゾートホテルザ・テラスホテルズ
今回調べた7社の創業年。國場組は1931年創業(法人設立は1968年)、金秀は1947年の鉄工所創業、オキコは前身の沖縄興業としての設立年です。

1947年から1950年に固まっています。 戦争が終わった直後です。

そのうちの1社、りゅうせき(浦添市)を見て、まず驚きました。設立は1950年、当初の社名は琉球石油。設立したのは米国の石油会社カルテックスと地元の実業家です。

そして、この会社が置かれていた立場が独特でした。

  • 軍への納入は、円滑にするため米国資本が独占的に取り扱う
  • 民生用の石油販売は、本土復帰の直前まで琉球石油が独占的に行う

競争があって勝ったのではなく、制度として1社に決められていたわけです。復帰で石油販売が自由化されたあと、この会社は本土の石油会社と組む道を選び、いまはENEOSと提携しています。

もう1社、國場組(那覇市)。1931年創業で、國場幸太郎が弟2人と始めた建設会社です。戦後この会社が請け負ったのは、こういう仕事でした。

  • 米軍の港湾荷役
  • 米陸軍工兵隊による基地恒久施設の建設
  • キャンプ・ハンセン建設工事などの大規模プロジェクト
  • 社会資本の再建事業

ここまでは、まあそうだろうな、と思いながら読んでいました。基地があるのだから基地の仕事がある。沖縄の建設会社なら、そうなるだろうと。

手が止まったのは、この先です。

國場組のグループ会社に、知っている名前があった

國場組のグループ会社を眺めていたら、聞き覚えのある名前が出てきました。

ザ・テラスホテルズ株式会社。

運営しているホテルを見て、ああ、と声が出ました。

ホテル所在地
ザ・ブセナテラス名護市
ザ・ナハテラス那覇市
ジ・アッタテラス クラブタワーズ&ゴルフリゾート恩納村
ザ・テラスクラブ アット ブセナ名護市
ジ・ウザテラス ビーチクラブヴィラズ読谷村宇座

沖縄のリゾートホテルとして真っ先に名前が挙がるところが並んでいます。この会社の主要株主が國場組で、54.5%を出資しています。

私はブセナテラスの名前だけは知っていて、どこの会社のものかなど考えたこともありませんでした。キャンプ・ハンセンを建てた会社が、いま部瀬名岬のリゾートホテルを持っている。

そう分かってから、この会社の沿革を見直しました。設立は1985年12月、当初の社名は名護国際観光株式会社。基地建設で伸びた建設会社が、1980年代に観光へ足を踏み出したときの会社です。

基地の島から観光の島へ、という言い方は聞いたことがありました。それは統計や政策の話だと思っていたのですが、一つの会社の中に、その移り変わりがそのまま入っていました。

沖縄で調べた会社のなかで、これがいちばん驚いたことです。

戦前の創業米国統治期の創業本土復帰後の創業
02505007501,000金秀ホールディングス/沖縄県那覇市/売上高 1055億円(2017年)金秀ホールディングス1,055りゅうせき/沖縄県浦添市/売上高 707.6億円(2021年3月期・連結)りゅうせき708國場組/沖縄県那覇市/売上高 358.7億円(2018年)國場組359琉球海運/沖縄県那覇市/売上高 275.6億円(2026年3月期)琉球海運276ザ・テラスホテルズ/沖縄県名護市/売上高 247億円(2018年度)ザ・テラスホテルズ247オキコ/沖縄県西原町/売上高 151億円(2024年6月期)オキコ151有村産業/沖縄県那覇市/売上高 63.6億円(2007年3月期)有村産業63.6億円
今回調べた沖縄の非上場7社の売上高(億円)。決算期は社ごとに異なります。金秀ホールディングスの数字はグループのもので、従業員70名は持株会社単独の人数です。

消えた台湾航路

もう1社だけ、書いておきたい会社があります。

有村産業。1950年設立、那覇市。企業リストには売上高63億円で載っています。持っていた航路がこれです。

  • 名古屋 – 大阪 – 那覇 – 平良(宮古島) – 石垣 – 基隆(台湾)
  • 名古屋 – 大阪 – 那覇 – 平良 – 石垣 – 高雄(台湾)

本土と沖縄と台湾を、一本の線で結んでいた船会社です。地図を思い浮かべると、沖縄が本土と台湾の中間にあることがよく分かる航路です。

しかし、この会社はもうありません。1999年に会社更生法を申請し、2008年に全航路の運航を停止、2010年12月に清算が結了して法人格が消滅しています。

法人格が消えて15年以上経つ会社が、公的データから作ったリストには残っています。幸陽船渠(2014年に今治造船へ吸収合併)、丸住製紙(2025年に民事再生を申請)に続いて3社目でした。決算を公表しない会社は、消えたことすら外から見えにくいのだと、3回目でようやく実感しました。

なお、那覇と高雄を結ぶ定期航路そのものは、琉球海運が引き継ぐ形で残っています。この会社もまた1950年の設立で、米軍統治下の沖縄で官民共同出資により作られた会社です。

会社そのものが、化石だった

調べ終えて、最初の違和感に戻ります。

沖縄の会社の3社に1社が「沖縄」か「琉球」で始まるのは、本土の企業が現地法人を作らざるを得なかったからでした。本土へ渡るのに証明書が要る場所に、支店は置けません。

そして地元の会社のほうは、米軍という顧客と、本土から切り離された市場のなかで育っています。りゅうせきの民生用石油の独占も、國場組の基地建設も、琉球海運の官民共同出資も、有村産業の台湾航路も、出どころは1950年前後の同じ条件です。今回調べた7社のうち5社が、1947年から1950年に生まれています。

社名は制度の化石だと書きましたが、化石だったのは会社そのものでした。

名護のブセナテラスに泊まるとき、その施設を持っている会社の主要株主は、かつてキャンプ・ハンセンを建てた建設会社です。沖縄の27年は、看板にも、会社の生まれた年にも、いま泊まる場所にも残っていました。

数字と出典

会社所在地売上高(億円)売上の出典従業員1人当たり(万円)創業創業期主力
金秀ホールディングス沖縄県那覇市1,0552017年70150,7141947米国統治期の創業建設・小売・鋼材(持株会社)
りゅうせき沖縄県浦添市707.62021年3月期・連結1,1566,1211950米国統治期の創業石油の卸・直売
國場組沖縄県那覇市358.72018年23315,3951931戦前の創業建築・土木
琉球海運沖縄県那覇市275.62026年3月期15018,3731950米国統治期の創業RO-RO船の定期航路
ザ・テラスホテルズ沖縄県名護市2472018年度1,7221,4341985本土復帰後の創業リゾートホテル
オキコ沖縄県西原町1512024年6月期7002,1571947米国統治期の創業パン・めん
有村産業沖縄県那覇市63.62007年3月期1314,8551950米国統治期の創業近海旅客・貨物(消滅)

社名の割合の集計方法について。企業リストの全11,953社(上場企業を含む)から都道府県ごとに抽出し、社名から「株式会社」などの法人格の表記を除いたうえで、先頭が指定の語で始まるものを数えました。指定した語は本文の表に括弧書きで示したとおりです。

この集計には限界があります。選ぶ語によって数字が動きます。 愛知県に「中部」「東海」を、北海道に「北日本」を加えれば割合は上がります。県ごとに何を地域名とみなすかは私が決めており、統一した基準はありません。沖縄が突出していること自体は語の選び方を変えても動きませんが、県どうしの細かい順位は当てにしないでください。 沖縄県の母数は76社と小さく、1社の増減で1.3ポイント動きます。

各社の売上高・従業員数・設立年、りゅうせきの米国統治下での位置づけ、國場組の米軍関連工事、ザ・テラスホテルズへの出資比率、有村産業の清算までの経緯は、いずれも Wikipedia 日本語版の記載に拠ります。米国統治下の通貨、USCARと琉球政府の設立、日本渡航証明書、本土復帰の日付も同様です。

「琉球石油」から「りゅうせき」への社名変更がいつかは、確認できませんでした。 公式サイトの沿革ページを取得しようとしましたが、目的のページに辿り着けていません。

金秀ホールディングスの1,055億円(2017年)はグループの数字で、従業員70名は持株会社単独の人数です。分母が揃わないため、この記事では1人当たり売上高の比較を出していません。ザ・テラスホテルズの247億円は2018年度、有村産業の63億円は2007年3月期と古い数字で、現在の規模とは異なります。

7社は、公的オープンデータから作った「売上高10億円以上・非上場・本社が東京以外」4,722社の企業リストから選んでいます。

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