2026年08月30日 09:00
しまなみ海道を走ると、島の入り江に不釣り合いなほど大きなクレーンが立っているのが見えます。伯方島にも、岩城島にも、対岸の三原にもあります。人口数千人の島に、全長200メートルの船を作る設備があります。
観光地としてのしまなみ海道は、サイクリングと塩と柑橘で語られます。しかしこの海域の産業としての主役は造船で、しかもその規模は「地方の地場産業」という言葉から想像されるものを大きく超えています。
公的なオープンデータで作った企業リストから瀬戸内とその周辺の造船・海運10社を選び、何がどこにあるのかを調べました。
今治市は愛媛県北部の市で、2020年の国勢調査人口は151,672人です。この規模の市に、造船会社が14事業所あります。
今治市が公表している数字を並べます。
今治市「海事都市今治」の公表値
外航船とは、日本と外国のあいだを行き来する船のことです。その3隻に1隻を、この市の船主が持っています。
ここで注意が必要です。今治市の公式サイトは2つのページで海事産業を説明していますが、同じ「約1,100隻」に対して分母が違います。
| ページ | 年次 | 記述 |
|---|---|---|
| 「日本最大の海事都市今治とは」 | 2021年度 | 国内の外航船3,663隻の約30% |
| 「今治を支える産業」 | 2019年 | 日本外航商船隊2,411隻の46% |
隻数は同じで、分母だけが2,411から3,663に増えています。「日本外航商船隊」と「国内の外航船」で数え方が違うためと思われますが、公式サイトに定義の説明はありません。同じ市の同じ課が出している数字でも、こう揺れます。この記事では年次と分母を明記したうえで、両方を併記します。
造船のシェアも同様に、「建造隻数で国内の約18%」(2021年度)と「国内の20%」(2019年)の2通りが載っています。
売上高の大きさに目が行きますが、この産業の面白さは所在地のほうにあります。
岩城造船の本社は、愛媛県越智郡上島町岩城4690番地。岩城島という、人口1,942人(2020年国勢調査)の島です。1971年設立で、売上高は約250億円(2023年9月期)、従業員は社内協力工を含めて約600人。ばら積み船に加えて、チップ運搬船・石油製品運搬船・メタノール運搬船といった特殊船を建造しています。
島の人口1,942人に対し、造船所で働くのが約600人。ただし従業員が全員この島に住んでいるとは限らないので、そのまま「島民の3割が造船所勤め」とは言えません。
この島に橋が架いたのは最近です。岩城橋の開通は2022年3月20日で、隣の生名島と結ばれました。生名島は2011年開通の生名橋で佐島と、佐島は弓削大橋で弓削島と繋がっています。ただしこの島々からしまなみ海道側(因島)へ渡る橋はなく、いまもフェリーです。 橋で結ばれているのは上島町の内側だけで、外へ出るには船に乗ります。
伯方造船は愛媛県今治市伯方町木浦。塩で名前が知られている伯方島です。1958年設立、売上高110億7,400万円(2013年7月期)、従業員97名。
そして大島造船所。長崎県西海市大島町にあり、これも島です。売上高2,165億円(2026年3月期)、従業員1,521名。瀬戸内ではありませんが、成り立ちが瀬戸内の島のヤードと同じ構造なので入れました。
この会社の設立経緯は、他のどことも違います。大島町はかつて松島炭鉱の炭鉱の島でした。閉山にあたって町が企業誘致を行い、その結果として1973年、大阪造船所・住友商事・住友重機械工業の出資で設立されたのが大島造船所です。産業が消えた島に、別の産業を持ってきたわけです。
そのためか、この会社は造船以外もやっています。アグリ事業(トマト生産)、ホテル事業、酒造事業。島に会社が一つしかないとき、会社は町の役割を引き受けることになります。
今治の海事産業を特徴づけているのは、造船所だけではありません。船を持つ会社(船主)が同じ場所にいることです。
正栄汽船は愛媛県今治市小浦町1丁目4-52。売上高257億1,760万円(2024年9月期)、従業員46名。事業は船舶貸渡業、つまり船を持って貸すことです。多いときには100隻もの船を保有しているとされます。
従業員46名で売上257億円。1人当たり約5億5,900万円です。前に調べた地場の菓子・食品メーカー11社では、最も高いマルコメで1人当たり1億1,546万円でしたから、桁が違います。船主業は船という資産を貸す商売で、船を動かす乗組員はこの会社の従業員数に含まれません。製造業の物差しがそのままでは当たらない業種です。
そして、この正栄汽船の住所をもう一度見てください。今治造船の本社は、愛媛県今治市小浦町一丁目4番52号です。同じ住所です。正栄汽船は今治造船のグループ企業で、船を作る会社と、船を持つ会社が、同じ建物にいます。
さらに数十メートル離れた小浦町1丁目4-25に、檜垣造船があります。売上高155億円(2020年3月実績)、従業員98名。ケミカルタンカーやLNG船を建造しています。
この2社の関係が込み入っています。今治造船の創業は1901年、檜垣為治が創業した檜垣造船所です。檜垣造船もまた、創業者の祖先が1901年に設立した造船所を共通のルーツとしています。同じ根から分かれた2社が、いまも同じ町内で別々に船を作っている。資本関係はありません。2001年には、同根の繁造船を含む3社で創業100周年の記念パーティーを開いています。
今治造船の主要株主には檜垣産業が22.7%で入っています。鋼材・船舶資材の販売、石油製品販売、海運などを手がける会社で、売上高1,008億円(2018年12月期)に対して従業員43名です。
ただしこれは一方通行の出資ではありません。檜垣産業の側の主要株主は今治造船で、今治造船グループの一員とされています。互いが互いの主要株主になっている関係です。
そして檜垣産業の本社所在地は、愛媛県今治市小浦町1丁目4番52号。今治造船・正栄汽船と同じ番地です。船を作る会社、船を持って貸す会社、鋼材と船舶資材を売る会社が、一つの住所に並んでいます。1901年の創業者の名字が、いまも社名として3つ隣り合っています。
島にヤードが散らばっている風景と裏腹に、会社の数は減り続けています。
幸陽船渠という会社が、企業リストに売上高670億円(2006年3月期)、従業員423名で載っています。広島県三原市の造船所です。しかしこの会社はもう存在しません。 1986年に今治造船グループに入り、2014年2月1日に今治造船へ吸収合併されて、今治造船広島工場になりました。
公的データから機械的に作ったリストには、こういう会社が残ります。決算を公表しない非上場企業は、消えたことも外からは分かりにくい。
集約はいまも続いています。ジャパン マリンユナイテッドは、2013年にユニバーサル造船とアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッドが合併して生まれた会社です。JFEホールディングスとIHIがそれぞれ出資していました。
ジャパン マリンユナイテッドの出資比率の変化
今治造船の2025年の国内シェアは、グループ全体で約51.5%とされています。JMUの売上高3,684億円(2026年3月期)を加えると、今治造船グループだけで1兆円に近づきます。愛媛の一造船所として1901年に始まった会社が、日本の造船の半分を建造する立場になりました。
一方の常石造船は、外へ出ました。1917年創業、広島県福山市沼隈町常石の集落名がそのまま社名です。売上高1,243億6,500万円(2025年12月期)、従業員821名。フィリピンのセブ島と中国の浙江省舟山市に造船所を持ち、2022年10月には三井E&S造船を連結子会社化しています。国内で統合するか、海外に出るかという分岐が、この2社に出ています。
新来島どっくは3つ目の道です。売上高1,565億7,500万円(2026年3月期)、従業員850名。前身は1902年設立で、現在の会社は1974年設立。愛媛(大西・波止浜)だけでなく、愛知・大阪・岡山・広島・高知・徳島に造船所を持ち、グループ会社は20社を超えます。最大株主はカナックス(14.2%)で、日本製鉄7.3%、三井物産6.9%と続きます。鉄を売る側と船を運ぶ側が株主に入っているのが、この産業らしいところです。
冒頭に書いた、島の入り江に立つ不釣り合いなクレーン。私はあれを「昔からそこにあるもの」として眺めていました。調べ終えて、見方が変わりました。
今治市の年表には、1977年12月9日に波止浜造船が経営破綻し、以後、造船会社の倒産が相次いだと記録されています。幸陽船渠は2014年に今治造船へ吸収されて広島工場になり、ジャパン マリンユナイテッドは2025年に子会社になりました。集積は一本調子に育ったのではなく、減りながら濃くなってきたものです。
人口1,942人の岩城島に600人が働く造船所があるのは、そこに造船所が作られたからというより、そこが最後まで残ったからなのだと思います。ただしこれは私の解釈で、そう説明した資料に当たったわけではありません。
| 会社 | 所在地 | 売上高(億円) | 売上の出典 | 従業員 | 1人当たり(万円) | 創業 | 系列 | 主力 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 今治造船 | 愛媛県今治市 | 6,005.5 | 2026年3月期 | 1,891 | 31,758 | 1901 | 今治造船グループ | ばら積み船・コンテナ船 |
| ジャパン マリンユナイテッド | 神奈川県横浜市 | 3,684 | 2026年3月期 | — | — | 2013 | 今治造船グループ | 商船・官公庁船 |
| 大島造船所 | 長崎県西海市 | 2,165.4 | 2026年3月期 | 1,521 | 14,237 | 1973 | それ以外 | ばら積み船 |
| 新来島どっく | 愛媛県今治市 | 1,565.8 | 2026年3月期 | 850 | 18,421 | 1902 | それ以外 | 貨物船・船舶修理 |
| 常石造船 | 広島県福山市 | 1,243.7 | 2025年12月期 | 821 | 15,149 | 1917 | それ以外 | ばら積み船 |
| 尾道造船 | 兵庫県神戸市 | 515 | 2012年度 | 438 | 11,758 | 1943 | それ以外 | タンカー |
| 正栄汽船 | 愛媛県今治市 | 257.2 | 2024年9月期 | 46 | 55,913 | 1962 | 今治造船グループ | 船舶貸渡(船主) |
| 岩城造船 | 愛媛県上島町 | 250 | 2023年9月期 | 600 | 4,167 | 1971 | 今治造船グループ | ばら積み船・特殊船 |
| 檜垣造船 | 愛媛県今治市 | 155 | 2020年3月期 | 98 | 15,816 | 1951 | それ以外 | ケミカルタンカー |
| 伯方造船 | 愛媛県今治市 | 110.7 | 2013年7月期 | 97 | 11,412 | 1958 | それ以外 | 鋼船の建造・修理 |
売上高・従業員数・設立年は、各社の Wikipedia 日本語版の記載を採りました。決算期が社ごとにばらばらで、尾道造船の515億円は2012年度、伯方造船の110億円は2013年7月期と、10年以上前の数字しか公表されていない社があります。現在の規模とは異なる可能性が高いことに注意してください。
今治市の産業規模の数字は、今治市「日本最大の海事都市今治とは」(2021年度実績)と「今治を支える産業」(2019年実績)に拠ります。本文に書いたとおり、この2ページで分母が食い違っています。
「なぜ今治なのか」は分かりませんでした。 今治市の公式サイトは産業の規模については詳しく書いていますが、なぜそこに集まったのかの歴史的な説明を載せていません。「2005年1月の市町村合併により、点在していた海事産業がひとつの行政区域に組み込まれた」という説明はありますが、これは行政区域の話であって、産業が生まれた理由ではありません。塩田や村上水軍と結びつける説明は各所で見かけるものの、今回当たった一次資料の範囲では裏が取れませんでした。もっともらしい因果を書くのは簡単ですが、根拠がないので書きません。
「系列」の欄は、今治造船グループであることが確認できた社を「今治造船グループ」としています。「それ以外」は独立を確認したという意味ではなく、資本関係を確認できなかったという意味です。
尾道造船は本社が神戸市中央区で、造船所が広島県尾道市山波町にあります。企業リストの所在地が「兵庫県」になっているのは、登記上の本店で判定しているためです。
10社は、公的オープンデータから作った「売上高10億円以上・非上場・本社が東京以外」4,722社の企業リストから選んでいます。ただし幸陽船渠のように、リストに残っていても実際には存在しない会社があります。個社を調べるときは必ず現存を確認してください。
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