2026年09月01日 10:00
駅の売店で見かける菓子箱の裏に、売上高700億円の会社がいることがあります。上場していないので四季報にもなく、決算も公表されない。名前は知っているのに、会社としては誰も書いていない。
公的なオープンデータで洗い出した企業リストの中から11社を選んで、成り立ちと儲かっている理由を調べました。
この11社に共通するのは、全国的に商品名は知られているのに、会社としては調べられていないことです。ヤマサ醤油の売上高714億円、マルコメの558億円は、東証プライムの中堅上場企業と変わらない規模ですが、株式は公開されていません。開示義務がないので、外から見えるのは公式サイトの会社概要と、断片的な報道だけです。
調べてみると、稼ぎ方は大きく3つに分かれました。
稼ぎ方の3類型
売上高の順に並べても、型はきれいには分かれません。分かれるのは従業員1人当たりの売上高のほうでした。
上位のマルコメ(1億1,546万円)、ヤマサ醤油(7,744万円)、三幸製菓(4,650万円)は、工場で作って卸す会社です。下位の赤福(1,484万円)、菓匠三全(1,632万円)、六花亭(1,679万円)は、自分の店で売る会社。店舗を持てば人が要るので、1人当たりは下がります。数字の高低は効率の優劣ではなく、事業の形そのものを映しています。
紀州広村(現・和歌山県広川町)の濱口儀兵衛が1645年に銚子へ渡って創業しました。銚子は利根川の水運で江戸とつながる位置にあり、醤油の産地として成立します。1864年に幕府から品質優良として「最上醤油」の称号を受け、商標の右上にある「上」の字はこれに由来します。
この会社の決定的な転機は、醤油とは別のところにありました。1957年、研究員の國中明が鰹節のうま味成分が5′-イノシン酸であることを突き止め、酵母のRNAを分解して工業的に作る酵素を持つ微生物を発見します。翌年には椎茸のうま味=5′-グアニル酸も特定。1964年に工業生産に成功し、昆布のグルタミン酸と混ぜるとうま味が飛躍的に増す「相乗効果」の発見で恩賜発明賞を受けました。
ここから先が、この会社を醤油屋の枠に留めなかった部分です。1970年に「核酸は医学生物学の基本物質である」という理屈で医薬品製造業の許可を取得。1976年に研究用試薬、1986年に体外診断用医薬品の製造承認と、発酵と核酸の技術を医薬・診断へ横に持ち出しました。1人当たり売上高7,744万円が菓子会社の4〜5倍あるのはそのためです。醤油の看板で診断薬をやっている会社、と言ったほうが実態に近い。
味噌は地域ごとの嗜好が強く、各地の中小メーカーがひしめく産業でした。全国区になるのが難しい商品です。マルコメが勝った場所は、味そのものではなく包装と流通でした。
1960年、業界で初めて味噌を樽出荷から段ボール出荷に変え、小売店の支持を得ます。1963年には味噌用のピロー包装機を開発。決定的なのは1972年で、家庭用冷蔵庫の普及に合わせてドイパック包装機を開発し、特許を取得しました。冷蔵庫に入る形にしたわけです。1978年に業界トップへ。1982年には業界に先駆けて「だし入り味噌(料亭の味)」を発売し、これが今も続くロングセラーになっています。
2009年に売上300億円、2016年に400億円、2026年3月期は558.8億円。社員484名で割ると1人当たり1億1,546万円と、11社で最も高い数字です。
米菓市場の第2位。最大手の亀田製菓、3位の岩塚製菓も新潟県に本社があり、この産業は新潟に集中しています。1975年に「ぱりんこ」、1977年に「雪の宿」を発売。銘菓ではなく定番商品の量産で伸びた会社です。
ただしこの構造には裏があります。2022年2月11日の荒川工場の火災で全工場の稼働を停止し、再開は同年9月。その影響で、長く続いた佐藤家による同族経営が2024年4月に終わりました。生産が数カ所の大型工場に集中している会社では、1つの事故が経営権まで動かします。
11社で最も新しい会社です。1983年に札幌市東区で創業、1985年に第1号商品の板チョコレート、1992年に初の直営店、1993年に通信販売、1999年に当別町へ工場を移転。社名は創業者・山崎泰博の名前のアナグラム(やすひろ→ろひすや)です。
この会社が徹底しているのは「北海道でしか買えない」という状態を意図的に維持していることです。直営店は道内のみ。道外へは通販と百貨店の催事に限る。そのうえで、2011年に新千歳空港へ「ロイズ チョコレートワールド」を、2023年には工場併設の体験施設を開いて、観光導線の密度が最も高い場所に自社の面を置いています。
極めつきは2022年、工場の最寄り駅としてJR学園都市線に「ロイズタウン駅」を当別町とともに請願設置したことです。2025年には周辺の地名自体が「ロイズタウン」になりました。土産菓子の会社が、駅と地名を作っている。
系譜は1860年に函館で創業した千秋庵に遡ります。暖簾分けで道内各地に千秋庵が生まれ、1933年に札幌千秋庵の帯広支店として創業、1937年に小田豊四郎が引き継ぎました。十勝は豆・ビート・乳という原料の産地ですが、同業も多く経営は苦戦します。転機は1939年ごろ、砂糖を大量に買い込んでいたことが「価格等統制令」下で効き、砂糖不足に陥った他社を抜いて地域一番店になったこと。戦時下の資材確保が競争優位になった例です。
1967年、小田豊四郎がヨーロッパ視察でチョコレートが主力商品になっている光景を見て「日本でもチョコレートの時代が来る」と判断し、翌年から製造を開始。ところが札幌圏へ出ようとすると、そこには本家筋の「千秋庵製菓」がいて動けない。そこで1977年に千秋庵の暖簾を返上して「六花亭」に改名し、その記念に発売したのがマルセイバターサンドでした。これが大ヒットし、販売網が広がります。
翌1978年に帯広工業団地へ工場、1987年には中札内村の柏林30ヘクタールを取得して地域開発に着手。美術村や児童詩誌『サイロ』の発行まで手を広げています。1人当たり売上高が1,679万円と低めなのは、店舗と文化事業に人を厚く置いているからだと考えられます(推定)。
この11社の中では珍しく、土産物でも銘菓でもありません。串団子、どら焼き、まんじゅう、カステラといった「おやつ」を、スーパー・コンビニ・ドラッグストアの棚に流す会社です。
公式サイトが売上と社員数の推移を出していて、成長の輪郭がはっきり見えます。1968年の法人化時が資本金300万円・社員45名。1989年に社員435名、1993年に601名、現在1,043名。売上は第42期111億円から第50期168.7億円へ。
拡大の方法が明快です。消費地の近くに工場を建て、工場ごとに配送圏を切る。1999年に京都伏見工場(近畿・北陸・東海向け)、2015年に栃木佐野工場(関東・東北・北海道向け)を開き、愛媛の本社工場は中四国・九州を担当する。日配品は鮮度と輸送費が利益を削るので、工場の配置がそのまま損益になります。四国の会社が全国の棚を取れたのは、味の話ではなく物流の話でした。
「ゆかり」の会社です。三島哲男が1949年に食品加工業として創業し、3年目にふりかけへ参入しますが、すでに多くの業者がいて、地方の後発メーカーは相手にされませんでした。
そこで売り方を変えます。主婦向けの「量り売り」。欲しい分だけ買えると評判になり家庭用市場に入り込みました。さらに1959年、これを発展させて一食分ずつの「小袋ふりかけ」を開発し、学校や病院の給食に売り込みます。ここが決定的でした。給食は景気に左右されない定期需要で、いったん採用されれば長く続きます。現在もふりかけの業務用でトップシェアです。
1992年に二代目・三島豊が社長に就き、売上高138億円まで伸ばして家庭用でも業界2位になりました。
名古屋土産の海老煎餅「ゆかり」(三島食品のふりかけとは同名の別商品)。1889年に創業者の坂角次郎が生せんべいを完成させたのが始まりで、社名は姓「坂」と名「角」から来ています。1945年に天皇・皇后への献上、1953年に合資会社化、1955年に機械化に成功して量産体制を確立、1966年に「ゆかり」を命名して発売、という順序です。
手作りの銘菓が、機械化を経て全国の販売店とキヨスクに乗った。売り先は札幌から熊本まで広がっています。土産・贈答の需要は価格に鈍感で、定番の座を取れば長く持つ——場所型の典型です。
伊勢神宮内宮前、五十鈴川のほとりの餅屋。1707年執筆の浮世草子『美景蒔絵松』に「赤福とやら青福とやら云ふあたゝかな餅屋」という記述があり、これが屋号の初出であることから、現在はこの年を創業年としています。当初は砂糖を使わない塩味の餡で、徳川吉宗のサトウキビ栽培奨励以降に黒砂糖餡へ。1911年に昭憲皇太后へ献上する際、灰汁の強い黒糖では口に合わないのではと白砂糖餡の特製品を作り、これが好評だったことから現在の形になりました。
儲かる理由は立地に尽きます。参拝という毎年更新される需要の真上に本店がある。そのうえでJR・近鉄の主要駅、サービスエリア、百貨店、空港売店へと広域に流通させています。
ただしこの会社は、2007年に消費期限・製造日・原材料表示の偽装(製造後に冷凍したものを、解凍した日付で製造日として表示)が発覚し、営業停止に至っています。復帰後、「家業から企業へ」を掲げた社長のもとで2008年に64億円だった売上高を2013年に92億円まで戻しましたが、家業型経営を重視する側との対立から、その社長は代表権のない会長に退きました。老舗の同族企業が近代化しようとするときに何が起きるかが、そのまま出ている例です。
「うなぎパイ」。創業者の山崎芳蔵は、東海道の宇津ノ谷峠で茶屋を営む家に1865年に生まれました。明治に入って参勤交代がなくなり峠の往来が細ると、1887年に浜松へ出て甘納豆の露天商を始めます。その2年後、1889年に東海道線が延伸して浜松駅が開業。ここで、鉄道旅の手土産を売る商売としての春華堂が始まりました。
1949年に有限会社化、1961年に「うなぎパイ」発売、1970年には前年の東名高速道路開通を記念して「ナッツ入り」を出しています。この会社の歴史は、交通インフラの歴史とそのまま重なります。
裏返しも記録に残りました。2020年3月、東海道新幹線が大幅減便(乗客数で前年同期比56%減)した際、主要販売先を新幹線に置いていたうなぎパイの売上は通常の半分に落ち、日産20〜30万本の大久保工場が操業停止に追い込まれています。場所型の会社にとって、交通量は売上そのものです。
「萩の月」。1947年に蔵王町で「田中飴屋」として製飴業を始め、1953年に大河原町へ移って油揚菓子、1964年に法人化、1979年に萩の月を発売しています。創業から32年目の商品でした。
この商品の面白いところは、全国に模倣品が数多く生まれたことです。カスタードクリームをカステラ生地で包む菓子という「型」自体を作ってしまった。模倣されるほど型が定着し、本家の位置が固まる、という循環が起きています。近年は郷土菓子のずんだを使った「ずんだ茶寮」を仙台圏と首都圏で展開しており、ずんだを全国に広めるきっかけになったと評価されています。
場所型6社の起点は、ほぼ全て交通の変化です。春華堂は浜松駅の開業、赤福は参宮街道、坂角はキヨスク、菓匠三全は新幹線、ロイズは新千歳空港、六花亭は道内観光。商品が先にあったのではなく、人の流れが先にありました。
だから流れが止まると直撃します。2020年のうなぎパイが分かりやすい例で、新幹線の減便がそのまま工場の操業停止になりました。土産菓子の売上は、味やブランドより先に、その路線に何人乗っているかで決まっています。
ロイズと六花亭は、いずれも直営店を北海道内に限っています。全国展開すれば売上は増えるはずですが、やらない。土産物の価値は「現地で買った」という文脈に依存していて、どこでも買えるようになった瞬間に土産ではなくなるからです。
その代わりに両社は、道内での密度を上げる方向に投資しています。ロイズは空港内の施設と工場最寄り駅の設置、六花亭は中札内村30ヘクタールの地域開発。販路を広げずに、来る人の数と滞在時間を増やすという選択です。上場していれば、この判断は「成長機会の放棄」として説明を求められたはずです。
調べた11社のうち3社が、この10数年で事業の根幹を揺るがす事態に直面していました。赤福の表示偽装(2007年)、三幸製菓の工場火災(2022年)、春華堂のコロナによる交通量消失(2020年)。いずれも「一つの商品」「一つの工場」「一つの路線」に集中していたことの裏返しです。
集中しなければ地方の会社が全国区の商品を持つことはできず、集中すればこうなる。両立の難しさが、そのまま各社の歴史に出ています。
創業1645年のヤマサ醤油は診断薬へ、1854年のマルコメは包装機の開発へと、本業の周辺に別の柱を作っています。単一商品のまま何百年も持つ会社は、この11社にはいませんでした。長く続いている会社ほど、途中で一度は業態を変えています。
| 会社 | 所在地 | 売上高(億円) | 売上の出典 | 従業員 | 1人当たり(万円) | 創業 | 型 | 主力 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ヤマサ醤油 | 千葉県銚子市 | 714 | 2025年12月期(公式) | 922 | 7,744 | 1645 | 技術転用型 | 醤油・診断薬 |
| マルコメ | 長野県長野市 | 558.8 | 2026年3月期(公式) | 484 | 11,545 | 1854 | 量産型 | 味噌 |
| 三幸製菓 | 新潟県新潟市 | 558 | 2019年(Wikipedia) | 1,200 | 4,650 | 1962 | 量産型 | 雪の宿・ぱりんこ |
| ロイズコンフェクト | 北海道札幌市 | 343 | 2024年(Wikipedia) | 900 | 3,811 | 1983 | 場所型 | 生チョコレート |
| 六花亭 | 北海道帯広市 | 211 | 2024年(Wikipedia) | 1,257 | 1,679 | 1933 | 場所型 | マルセイバターサンド |
| あわしま堂 | 愛媛県八幡浜市 | 168.7 | 第50期(公式) | 1,043 | 1,617 | 1927 | 量産型 | おやつ和菓子 |
| 三島食品 | 広島県広島市 | 143 | 年次不明(Wikipedia) | 420 | 3,405 | 1949 | 量産型 | ゆかり |
| 坂角総本舖 | 愛知県東海市 | 105 | 2017年(Wikipedia) | 540 | 1,944 | 1889 | 場所型 | ゆかり(海老煎餅) |
| 赤福 | 三重県伊勢市 | 92 | 2013年(Wikipedia) | 620 | 1,484 | 1707 | 場所型 | 赤福餅 |
| 春華堂 | 静岡県浜松市 | 75 | 2023年(Wikipedia) | — | — | 1887 | 場所型 | うなぎパイ |
| 菓匠三全 | 宮城県仙台市 | 62 | 2005年(Wikipedia) | 380 | 1,632 | 1947 | 場所型 | 萩の月 |
非上場企業には決算の公表義務がないため、売上高の基準年は社ごとにばらばらです。公式サイトに会社概要がある社(ヤマサ醤油・マルコメ・あわしま堂・赤福・菓匠三全)はそちらの最新値を、それ以外は Wikipedia 日本語版の記載を採りました。赤福の92億円は2013年、菓匠三全の62億円は2005年の数字で、現在の規模とは異なる可能性が高いことに注意してください。1人当たり売上高も、売上と従業員の基準年がずれている社があります。
沿革の事実関係は各社公式サイトの沿革ページと Wikipedia 日本語版に拠り、「なぜ儲かっているか」の解釈はそれらの事実からの推論です。断定できる根拠のないものは推定と書きました。
11社は、公的オープンデータから作った「売上高10億円以上・非上場・本社が東京以外」4,722社の企業リストから選んでいます。
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